序

 夢で幽霊に出会った。知らない幽霊だが、随分美人だった。起きている間に幽霊を見た事はないが、初めて見る幽霊が彼女ならば、私は幽霊を信じてやろうと思う。幽霊はいつも夢の中で縊れている。縊れてはいるが、これと言って堪えている様子もないので、無理に縊れる必要はないのではないか。しかし美人だからそうした奇行も愛嬌になる。
 幽霊が可愛くて仕様がないので、日々の明け暮れに張り合いが出来たのも一どきの事だった。段々と思いを巡らすのは寝る間の事だけになり、勤め先を辞してからは殆ど一日中眠っていた。幽霊と出会う事はあまりなく、そもそも夢を見る事も少なかったが、数を打たなければ当たる事もないのだから、私にはそれより外に方法はなかった。
 目を覚ますと日の暮れたばかりの頃合いらしく、暗い部屋の中で閉め切ったカーテンの縁が青黒く光っている。歳を取った母親が部屋の前に夕食の膳を置いて行く気配がした。においからしてハヤシライスだろうと思う。私の好物だった。
 このままでは良くないと言う事は重々承知しているが、これが最善だと言う気持ちもある。どうにか折り合いを付けたいけれど、ひたすら眠るより外にどうするか。これは直ぐに片付く。起きている間に出会えば良い。親しい者に迷惑を掛けたくはないから、そうする事が出来れば一番よろしい。ではうつつに彼女との邂逅を果たす為にはどうすれば良いか、私は寝る間を惜しんで考え詰めたが、一向着想を得なかった。
 こうした気味の悪い相談の出来る人間は自然限られて来るので、こうした気味の悪い相談の出来る変態に日々の憂悶を打ち明けた所、彼はアルファロメオの様な顔をして「なら行こう」と言った。どこへ行こうと言うのかさっぱり分からなかったが、これ以上ないと言う程の正確な一点を授かった気になったので、私は「頼む連れてってくれ」と応えた。